「ええ!?先輩なんでおったってんすか!」
更衣室に備え付けのシャワールームの中に後輩の声が響く。
よくこうやって自主練で一緒になるのにこいつは水泳部の中でも唯一といっていいほどに白い。
水着の境目がうっすらと残る身体には上半身を中心にしなやかな筋肉がついている。
近くで見ると少しそばかすの浮いた顔はそこら辺の女よりもかわいく思う。
「疲れマラってやつっすかー?はは」
ダチと女のランク付けなんて下世話な話をするときも、頭をよぎるのは目の前でケタケタと笑う少し生意気なこの後輩の顔だった。
「俺、前からお前の事……」
今日の自主練が二人きりで、間仕切りのないシャワールームで一緒になった事、全部が重なってしまっていた。
シャワールームで勃起してなんて間抜けな状況にもかかわらず俺は舞い上がってしまった。
一歩、また一歩と後輩に近づくたびにその顔が硬くひきつっていく。
「……え、は!?俺そういうのほんと無理っす!勘弁してください!気持ち悪ぃ!!」
本気で怯えたような顔だった。
俺を突き飛ばした後輩は、身体に泡が残ってるなんてお構いなくシャワールームから出て行った。
更衣室の重たい扉が閉まる音が聞こえても、俺はその場から動くことができなかった。
怯えてこちらを見る後輩の顔がいつまでも頭から離れなかった。
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小学生のころの帰り道、大きな公園で寄り道しながら帰っていたら変質者に会った。
季節外れのロングコートに身を包んだそいつは茂みの中から急にあらわれて、勢いよく前を開いたかと思ったら、目の前に赤黒くグロテスクな形をしたモノがあった。
幼心にその異常性は察知して、すぐに逃げて親に報告した。教育委員会や警察にも話が行き、幸いにも変質者との遭遇はその一度きりだった。
だけど見たこともない大人の勃起したモノは、幼い頃の俺にとって恐怖の象徴となった。
中学に入ってからは通っていたスイミングスクールの延長で水泳部に入部した。体格もだんだん良くなっていたし、大人の男へのうっすらとした恐怖はだいぶ薄れていた。
でも、初めて経験した満員電車で痴漢を経験した。中性的な服装をしていたわけではない。中学生男子として普通の格好をしていたにも関わらず、俺の尻を揉みしだく大きな手はあろうことか縮こまった俺のチンコまで触ってきた。
電車内の壁際に追いやられ、大きな体に覆いかぶさられて身動きが取れず、身体をいいようにされるのはとてつもない恐怖だった。
その体験をするまでは痴漢の訴訟で50万勝ち取れるなんて話を聞いて、女はいいなぁなんて思ってた。小学生のころの経験があったにもかかわらず、他人事だった。
だけど、いざ当事者になってみたら一言も発することなんてできなかった。のしかかる体重、耳元で聞こえる息遣いと尻にゴリゴリと当たるモノの感触、逃げようにも逃げれなくて、次の駅に着くまで震えながらひたすら耐えるしかなかった。
声すら上げれなかったのに、通報なんてもってのほかだった。痴漢されたら儲けもんだななんてそんな考えはそれ以来できなかった。
高校になっても水泳を続けたのは少しでも男らしくなりたかったからだった。
日焼けしにくいこの肌を焼けば、少しでも筋肉がつけば、あんな思いもすることはないはずだと思ってた。
だけどそんなの関係なかった。
自主練でよく一緒になる尊敬していた先輩がシャワールームでチンコをたたせながら近づいてきた映像が頭から離れない。
それは幼い頃からの恐怖の象徴だった。
それからそのセンパイを見かけるだけで恐怖で心臓がバクバクする。
自主練に参加する日は事前に部ノートに書いておく。ノートにセンパイの名前しかない時、今までなら迷わずに書いていた。自主練の参加は一人だけだと認められない。
自分が先に名前を書いた時、誰の名前も追加されることなく顧問への提出ギリギリになってセンパイが名前を書いてくれた時は心遣いに感謝したりもした。
練習の時にさりげなくお礼を言ったら急に予定がなくなったからと笑ってくれた顔を見て良い先輩だなぁなんて思ったりした。
だけど今になって思い返すと下心があったのかもな、なんて不義理な考えが頭を過ぎる。
尚更二人きりになんてなれなかった。
その日の部ノートにはセンパイの名前もあったけど、他の先輩の名前もあった。
少し不安はあったけど、大丈夫だと思い自分も名前を書いた。
それが間違いだった。
迫ってきたセンパイとは気まずいままだったけど他の先輩とは普通に接せられてた。
ことが起こったのは自主練後の更衣室だった。
オープンエロな先輩がどこから入手してきたのか女子用の競技用水着を見せびらかしてきたのだ。
「じゃじゃーん!ハイレグ水着〜」
「先輩、ほんっとエロに対してアグレッシブっすね……」
「あーんその蔑むような目もたまんな〜い」
クネクネとおちゃらけた態度だがこれで頭がいいからたちが悪い。
「かわいい後輩ちゃんと一緒に自主練習だから持ってきたんだよ?」
「なんで俺がいるからなんすか?」
水に濡れて肌に張り付く水着を脱ぎながら聞く。
「そんなの決まってんじゃーん!」
これ着て写真撮らせて?
語尾にハートが出そうな笑顔でこの変態はのたまった
迫ってきた先輩がその後ろでずっと無言なのが気持ち悪かった。
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突然だが俺は大学への進学は推薦を狙っている。部活は弱小のためスポーツでの推薦は諦めている。
なので定期テストでは良い成績を取りたい。そのためには変態だけど頭はいいこの先輩の添削の入った過去問がどうしても欲しかった。
「いいねぇ〜。筋肉はついてるけど骨格が華奢だしシャニ系の顔だから見苦しくないわ〜。なあ、お前も思うだろ?」
「……あ、あぁ……」
気まずい。先輩は知らないから仕方がないとはいえ、気持ち悪いと言って振ってしまった相手に話を振らないで欲しい。
というか、いつもより着替えるのだいぶ遅くないか?先輩に過去問盾にされたり女子の競泳用水着がキツキツで着るのに手間取ったり、時間を結構くってしまったはずなのに、センパイは制服姿でベンチに座ってた。
まさか見物するつもりなのか?やめていただきたい……。
「もういいっすか?」
「ダメダメ!ポージングしてもらわないと君に頼んだ意味ないからね?」
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どうしてこんなことになってしまったのか。
過去問のためだと諦めて言われるがままにポーズを取っていたら、欲情した先輩に押し倒された。
ベンチに座るセンパイに助けを求めたけど、何も言わずただ眺められるだけだった
異常な状況に2人とも頭がおかしくなっていたんだと思いたい。
連日の練習で疲れていただけだと。決して同世代の先輩にすら力で勝てないのではないと。抵抗しても、身体中を這い回る手を、のしかかる重たい身体から逃れることができなかった。
幼い頃のトラウマが蘇る。そこからはひたすら身を固くしていた。そのうちに這い回る手が二本から四本に増えていた。
最悪だ最悪。そう思いながら目を閉じる。あとはもうされるがままだった。
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いつの間にか意識を失っていたようだ。
冷たいタイルの感触に目を薄く開くと、見慣れたシャワールームの床が見えた。
電気もつけていないシャワールームに素っ裸で転がされていた。
「お前このあと用事あるって言ってただろ?あとは俺がやっとく」
「や、でも……」
「いいから行けって」
朦朧とする意識のなかそんな会話が聞こえた。
残ったのがあのおっ立てて迫ってきたセンパイだったから、疲労とショックで鈍い頭でもなんとなくわかった。
まだ苦しみは終わらない。
撮られた写真は水着の写真だけじゃなかった。
俺の受難はその日以降も続いた。
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