18の身空ながら、墓仕舞いについて調べていたりもした。
だから姉が結婚すると聞いたときはとても驚いた。
14歳の時に両親が交通事故で死んでから、大学を卒業したての8つ年上の姉がずっと親代わりだった。
姉は本来からのバイタリティを活かして新卒で入社したコンサルティング会社でキャリアウーマンへの道を突き進み、家にお金を入れてくれた。
実家の郊外の一軒家のローンは父と母の生前の資金繰りのおかげで目処が立っていたけれど、姉は僕の学費のためのお金を貯めてくれていた。
高校も進学校の公立に進んだし、専願で国公立に奨学金で行くつもりだった。
だけど姉は好きなところを好きなだけ受けて好きな大学に行きなさいと言ってくれた。
金銭面で遠慮をされるのは自分のプライドが許さない、とも。
姉はベラベラと自慢をするタイプではないので詳しくは分からない。
だけどある日大きな花束を抱えて赤ら顔で帰ってきた時があった。何事かと聞けば営業成績トップのお祝いをしてもらったそうだ。
その翌日は昔母が父にそうしていたように、しじみの味噌汁を朝ご飯に出したのを覚えている。所謂ザルと言うらしい姉を介抱したのはそれが初めてだった。
なんとなく。なんとなくとしか言いようがないのだが、自分と同じで姉は異性には興味がないのだと思っていた。
その姉が飲み屋で知り合ったという男性を結婚相手として連れてきたのだ。
義理の兄となるその人――忠文さんは、グラマラスともてはやされる姉と並ぶとテレビから出てきたのかと見紛うような美丈夫だった。
僕が大学の入学式のために買った量販店のスーツとは全く違う、上品な光沢をしたスーツを見事に着こなす姿につい見惚れてしまい、挨拶を忘れてしまうような人だった。
その彼が婿養子になると言うのだからさらに驚いた。
姉はいつも事後報告で、僕を突飛な行動で驚かせる。
籍を入れたばかりにも関わらず、仕事で海外出張だと告げられた。
海外支社の立ち上げだそうで、大学での留学経験が買われたそうだ。
たけど、社会経験のない自分にも分かる。1ヶ月や2ヶ月では帰って来れないのではないか。そう聞くと、何年かは向こうで住むことになると言われた。
そうして、大学進学と同時に、義理兄である忠文さんとの奇妙な同居が始まったのであった。
類は友を呼ぶというのは結婚相手にも当てはまることがあるのだろうか。
忠文さんのライフスタイルは仕事人間の姉と酷似していた。
なので大学に進学した以外で生活の変化はあまり無かった。
朝は全国紙三紙と全粒粉のトーストとグラスフェッドバター、そして挽きたてのコーヒーを用意する。
カレンダー共有アプリをインストールしてもらって、夕食がいらない日を記してもらうようにした。アプリを遡ってみると、最初の頃は毎日のように、特に金曜日は毎週外食だったのが最近では金曜日も夕食を用意する事が増えていた。
大学で栄養学を学ぶくらいには、食にこだわりがある。なのでそのデータに気づいた時、料理を認めてもらえたようでとても嬉しかった。
大学生活にだいぶ慣れた頃、大学へ行くのに昼をまたぐ時はお弁当を作っているのを気づいた時は、すごく興味を持ってもらえた。
お昼が欲しい時はアプリに書いといてもらえたら作りますよ、と言ってからは平日のお弁当作りが日課になった。
自分の料理を他の人に喜んでもらえるのは幸せだった。
姉はあまり言葉にするタイプではなかったけど、忠文さんはまるで女性を口説くかのように真っ直ぐに目を見て褒めてくれるので、熱くなる頬を隠すのに苦労した。
土日なんかも、結婚したとは言え世間一般的には遊び盛り。友人付き合いもあるだろうに、服装に無頓着な僕にデパートで入ったこともないようなブランドものの洋服を買ってくれたり、水族館や動物園に連れて行ってくれたりした。
まるでデートみたいですねと言ったら、ふざけてなのかその日一日人目をはばからず肩を抱かれて心臓の音が聞こえてしまわないかとドキドキした。
だから、忠文さんの誕生日に欲しいものを聞いた時、今まで見たこともないような熱っぽい目で僕が欲しいと言われた時は、幼い頃家族で行った遊園地で乗ったフリーフォールのような感覚になった。
自分の浅ましい欲望がよりにもよって尊敬する姉の夫に向けられていることが露見してしまったのか、と。
そこからの取り乱しようは今思い出しても恥ずかしい。
泣きながらひたすら謝った。目の前の忠文さんに、姉に、天国の両親に。
そんなぐしゃぐしゃの僕を忠文さんは引くこともなく抱きしめて、宥めながら姉との馴れ初めを語った。
聞きたくないと腕の中で暴れながら聞こえてきた内容は衝撃的なものだった。
夫婦の出会いは大学時代で、同性愛者の集まるバーで意気投合したと。
2人は偽装結婚で、さらに言うなら姉は現在海外で婚約者と蜜月中だと。
衝撃に次ぐ衝撃で、涙なんて引っ込んでしまう。
そんな僕を義兄は慈しむような顔で抱きしめてくれた。
その日、僕らははじめて触れるだけのキスをして同じベッドで眠った。
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「あんああっああっあそこすご、いい!ただふみさっ……!」
なんて、まだキスもしてなかった頃の僕が今のこの状況を見たら白目を向いて卒倒するだろうな。
裸エプロンで実家のキッチンの上でセックスしてるだなんて。
「ふふ、かわいいな……でもさんづけなんて他人行儀だと思わない?なんて呼ぶんだっけ?」
「あ、あ、あなたっ、ぁ、あぁ……!」
大学で僕の周りに猥談を振ってくるようなタイプの子はいない。どちらかというと女の子の友だちの方が多い。
なのでエッチの勉強はもっぱらネット頼り。
そちら方面への造詣を深めるとともに、恋人を喜ばせるようなプレイは、人を喜ばせる料理と同じだと気づいた。
その人の状況と好みに合わせてトライアンドエラー。
「おく、グリグリされるの気持ちい……」
「……っ!」
快感は素直に口に出した方が僕も彼も好き。
あと、裸エプロンとか彼シャツとか、童貞の憧れって言われるようなわりかし王道なプレイの反応が良い。まあ僕は童貞だけどあんまりそこに興奮はしない。ただただ目の前のこの美丈夫が興奮してくれることに高ぶる。
エッチについて恥じらいの期間を抜けて、エッチの探究に凝り出してから、あんまりにも精力的だから、こういうプレイは今までの恋人にはお願いできなかったのかなぁ……なんて思ったり。
「あ、あなたっ……んんっ」
赤ちゃんが抱っこをねだるみたいにすれば、すぐに意図を汲んでくれて激しいキスの雨が降ってくる。腰がゆるゆると中の良いところを刺激するのがまた気持ちいい。
「んん……む……ん……ちゅ……」
だから実家のドアが開く音にも気がつかなかった。
「ただいまー!はー塩おにぎりとお味噌汁作って――え?」
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とある夫婦の会話
「あの子は?」
「部屋で落ち込んでる」
「気にすんなって言ったのに。まあ無理か……。
でもまさか、可愛い弟に手を出されるなんてね。
道理と分別はわきまえてると思ったから一緒に住まわせたのよ?
それに自立してない人間は守備範囲外なんじゃなかったの?」
「彼は僕らを家庭から支えることによってもうすでに社会貢献しているよ。
それに、長い付き合いなんだから分かるだろ?」
――俺が本気だって。
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